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山家住まいの為の初歩的なご説明をさせていただきます。
●区域外とは・・。 法令上の制限の中で区域外という言葉がでてきますが区域外とは都市計画区域外のことで 特定行政庁に都市計画法に基づき都市計画区域に指定されていない区域をいいます。 具体的には旧天竜市(二俣町、山東を除く)・春野町・竜山町・佐久間町・水窪町の 全域がこの区域であり建ぺい率、容積率が一部他の制限がない区域を除きありませんし、建築をする際に必要な 行政庁に対する建築確認も通常の住宅であれば要りませんしその他接道義務もありません。 簡易な工事届けだけで構いません。 詳しくはメールにてご相談ください。 ●水について・・・。 .次に大事なことは田舎は公営水道がきていないところがほとんどで行政管理の公営水道は 各市町村の中心地しかありません。 ですから集落ごとに山水・湧水を管理し供給しているところが多くそれも供給容量が一杯なのが現実です。 一部別荘地などは最初から割り当て供給されてますが。周りに民家がないとこをお探しでそれから家をお建てになる方は 井戸を掘るしかない場合が多くあります。水が天竜はうまいです。ほんとです。 ●近隣について・・。 .近隣との付き合いも田舎暮らしの醍醐味のひとつではないでしょうか森、川など自然だけでなく 人間も自然の一部なのですから、私共のお客様で今年の初めに天竜市横山に一家で移り住まれた方が いらっしゃいまして年齢は40歳前半の方です。つい先日他の物件を案内中に犬の散歩中の奥様にお会いしました。 「どうですかここの暮らしは?」との問いかけに「みなさん良い方ばかりですよ。」と笑顔でお応えくださいました。 田舎暮らしを満喫されてるような(失礼ですがお会いした時よりかなり)健康的な満面の笑みが忘れられません。 田舎は現在高齢者が多くこの横山地区も65歳以上の方が町人口の50%の状況です。若い方が住んでくれることは 非常にうれしいことなのです。(またこのような実例もいれていきます。) ●がけについて・・。 当県はフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込む場所で地震の発生が予想されています。 駿河湾内の最深部(「駿河トラフ〔トラフとは浅い海溝のこと〕 と呼ばれるところ)で起きるので「海溝型地震」とも呼ばれます。 そのようなことから当県は条例でがけ付近の建築には一定の制限が課されています。(下記条文参照) (がけ付近の建築物)
第10条 がけの高さ(がけの下端を通る30度の勾こう配の斜線をこえる部分について、
がけの下端からその最高部までの高さをいう。以下同じ。) が2メートルをこえるがけの下端からの水平距離ががけの高さの2倍以内の位置に 建築物を建築する場合は、がけの形状若しくは土質又は建築物の位置、 規模若しくは構造に応じて安全な擁よう壁を設けなければならない。 ただし、次の各号の一に該当する場合は、この限りでない。 (1) 堅固な地盤を斜面とするがけ又は特殊な構造方法若しくは工法によつて保護されたがけで、
安全上支障がないと認められる場合 (2) がけ下に建築物を建築する場合において、その主要構造部を鉄筋コンクリート造又は
鉄骨鉄筋コンクリート造とした建築物で、がけ崩れ等に対して安全であると認められる場合 上記の制限があり、区域外であるからといってやたらと建築ができないのです。 更に最近では土砂災害防止法という法律も施行されまして いよいよ山家での建築はハードルが高くなって参りました。 (実際にはハードルが高くなったというよりは土砂災害防止法に関してはネガティブイメージの問題が大きいです。一般の方が不動産購入の際に不動産店で物件書類を見たときにここは県で指定されている急傾斜地危険箇所ですと説明を受けた時にどんな印象を受けるかは言うまでもないと思います。) 実際に上記、水、がけ条例で山家物件購入を断念された方が今まで当店だけでも一人や二人ではありませんでした。 今でも山家に物件を求めて住みたい方が法的に物理的に不可能なケースで 購入を断念された方のお顔が目に浮かびます。 人が住まなくなると治山、治水の点から見ても大きく後退してしまいます。むろんお年寄りのケアなどもですが。 ●自然との共生とは・・。 ある学者さんの話ですが、人類は西洋文明から始り自然を人間の意のままに扱おうとしてきました。地球温暖化という問題にぶつかり人類は地球の温度ひとつさえ制御できないことを知り自然を人間が改造していくという発想は転換を余儀なくされました。 これが世界で言われだした「共生」という言葉でしょう。元来日本人にとり自然とは「大いなるもの」と犯すべからず神聖なものでした。その大いなるものに導かれて物事が自ずから然る自然(じねん)という状態に最高の地位を置いていた。 その自然の思想の根本にはやはり我々が生きるこの世界と自分自身を一体のものと感じる「自他一体」という思想からみれば「共生」という言葉すら物足りなく思えます。日本人にとり自然という言葉に象徴されるように極めて深みを持ったものであるといえそうです。 ですから本来我々日本人が忘れかけていた自然という生き方を見直す時期にきているように思います。 ●人物観、物観の平板さ・・。 話の筋から脱線しっぱなしですが ある評論家の言葉を引用すれば、人間の見方が薄っぺらになってる。そう感じることがありませんですか。 人を測る物差しが1本、2本くらしかない。能力があるかないか。感じが良いか悪いか。良い人か悪いやつか。 その程度のことでもて囃されたり、貶められたりする。 昨日までの人気者があっというまに地べたに踏みつけられる。 さきほどまで持ち上げていた人を一刀両断して何の疑問も感じない。その変わり身を恥じることもない。 すべて人を評価する物差しが乏しいが故の現象です。 無責任に持ち上げといて、いきなり梯子を外す。白と黒しかない、デジタルといえば聞こえが良いのですが。 人というのは、複雑で多面的な存在でそうそう簡単に切り捨てられるものではないという当たり前のことが今の世間から完全に抜け落ちているのです。 複眼で見なければ解らないのが人間なり生き物の厄介なところではないのでしょうか。 要するに自然、人間、同等に語るのは大変に僭越ではありますが自然様の器量の大きさに甘えて 言わせていただくなら、137億年前に宇宙が生まれ、その後地球が誕生して46億年、 そして生物が誕生し20億年。その後遥か後にホモサピエンスの誕生、 わずか30万年しか経っていません、 その人間が何を解ったように能書き垂れているのかと恐れ多くも山々の頂から聞こえてくるようです。 山が好き、海が嫌い。 田舎はやだ、街が好き。 虫がうっとうしい。ハエやアブラムシをすぐ叩いて処分しなさい。 この生き物は可愛く賢いから処分してはいけない。この生き物は汚く醜いから、抹殺せよ。 まさに人間サマサマです。偉いんですよ人間は!! 昔の日本人は剣術の修行や座禅をして己の器量を測ったようです。 厳しい体験をすることにより己の強さ、弱さを認識する。 器量とは有能であるばかりではいけない。器ということであればその内容は変幻自在で、水も入れば 酒も入る。油だって毒だって注げるわけです。善人、悪人という単純な区別はできない。 水だと思っていたら 毒だったなんてこともある善悪良否を超越してしまうような人間観、そして物差しとして器量がある。 故に自分にその器がなければ人物観も有すことができないということになります。 それを有しない人間が我が物顔で自然を自在にコントロールする。それを見てる周りも同様であるから なんの不思議に思わない。そんなこと許されるのか、 いつかしっぺ返しが来るのではと考えるのは私だけでしょうか‥。 |
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